• 青山 由美

生き方を映し出す鏡としてのジュエリー


11月に入り、芦屋の自宅周辺の街路樹や六甲山の山並みも紅葉が美しく

鮮やかな錦を織りなしています。

毎年、この季節を迎えると宮本輝さんの「錦秋」という小説のタイトルが頭によぎります。

人生の錦秋の時期・・人間で例えると40代半ばから60代にさしかかる頃なのでしょうか。

もしくは、人の人生の一生を例えて、錦秋と称するのかもしれないですね。

世界的なジュエリーフェアは一年の間に、四か所で開催されます。

スイスのバーゼル

アメリカラスベガス

香港

イタリアのヴィチェンツァ

スイスのバーゼルのフェアが最高にエキサイティングらしいのですが

私は今年の9月に香港のジュエリー&ジェムフェアに初参加する機会に恵まれました。

世界中から出店しているジュエリー業者のブースは数千社。

どのブースも煌きを放ち、活気に満ちており、そのブースの前を通るだけでこちらの体温も間違いなく2度はあがっていたかと思われます。(笑)

私が訪問していた三日間でもすべてをみることはかなりの体力を必要としましたが

宝石の力なのか、朝から晩まで歩き回ってもまったくというほど疲れを感じずに

世界中から一斉に集った最高級のジュエリーと直接触れ合う贅沢な経験をすることができました。

しかしながら、星の数ほどある目が眩むほどのジュエリーブースの商品よりも

私の目をくぎ付けにしたのは、世界中から商談に参加されたバイヤーや

ブースを構えたジュエリー業者のマダムたちでした。

50代、60代、70代であろうマダムたちの腕や指や首元を飾るジュエリーと混然一体となったその姿は何億円という値札がついたジュエリーよりはるかに輝いて私の目に映りました。

明らかに若くない。

明らかに身体から水分が失せている、その存在に分身のようにぴったりと寄り添い

輝くジュエリーとマダムたちの存在に目を奪われ、その立ち居振る舞いをずっと目で追ってしまう。。

着けている人そのもの、その人を雄弁に語っているその輝きに

ジュエリーは人が身に着けてこそ、はじめて生きるものであるのだと知り、

言葉にならない衝撃をうけました。

日本人にこの大人のエレガンスを生きている人は自分も含めて、

さて、どのくらいいるのだろうか。。

若い時は本人そのものが宝石と言えるけれど、年齢を重ねるとともに

宝石を自分の美学であり人生そのものとして楽しんで身につけれる人はどれほどいるのだろうか。。

ジュエリーがどれだけ人の内面を反映させ、成長に貢献してくれる存在なのかということを知ることが出来たこの体験はとても貴重な機会となりました。

ご近所に親世代のご年齢の「ザ・芦屋マダム」がいらしゃるのですが

私に「由美ちゃん、私は人生の幕を閉じるときの緞通を織っていると思って

毎日を生きているの。」とおっしゃいます。

経糸は人生の時間

横糸は自分の生き方、過ごし方そのもの

その経糸、横糸が織りなす織物こそが自分の人生の幕を下ろす緞通そのものになる。

人生の錦は人が人生を終える、その最後の瞬間まで目にすることができないんだなあ・・・

ジュエリーを人生のよき友とすることで、人生の緞通の後半が金糸銀糸

色石の輝きで美しさを増す愉しみを増やすお手伝いができたらどんなに嬉しいことでしょう。。

それとね。先日、気が付いたのですが

宝石って人の意識のブロックも表していますね~

「宝石」ときいただけで、「高いから買えない」とか「買わされる」とか

(笑)

「そんなもの買ってもつけていく場所がない」とかね。。

それ、誰が言ってましたか?

どうしてそう思うんですか?

(笑)

この感覚こそ日本人にとってかなりのブロックなのじゃないかしら?

こんな不思議な価値観を手放して、私が香港で出会ったようなマダムたちのように

自分に自信を持ち、自立した大人の女性を楽しむ自由を手に入れてもらうために

私にしかできない貢献ができる予感がしています。

これについてはまたゆっくりとお伝えしますね♡


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